光1秒の距離の歩み

寄稿:大嶋建一より

私は稲荷前の茗渓学園の敷地のすぐ近くの自宅から大学まで自転車通勤を30年近く継 続してきました。まず、赤塚公園を起点とします遊歩道に入り、北上します。通学の 小学生から散歩の老夫婦まで、さまざまな方々とすれ違いながら、洞峰・二の宮・中 央・松見公園を経て、教育の森公園(大学構内)に入ります。道沿いにはたくさんの 木々や植物があり、四季の気候に対応してさまざまな姿で微笑みかけてくれますの で、しばしの至福の時間を持つことができます。
ところで、佐々木建昭先生が昨年12月24日付けで寄稿してくださった記事を大変興味 深く読みました。といいますのは帰宅の途中で、独特なスタイルで走っています先生 とすれ違うことが度々ありました。先生は近眼のようでして、私をすぐには認識して くだされず、大きな声で“ハロー”と呼びかけますとやっと私であることに気づきま した。今回、先生はマラソンを通じてシニアの健康維持に寄与する3件のレポートを 添付ファイルにて示して下さいました。私は(公益社団法人)日本アイソトープ協会 の広報誌Isotope News2018年4月号「こーひーぶれいく」欄に掲載されました“光1 秒の距離の歩み”という記事があり、皆様の健康維持に寄与できそうな内容が含まれ ていますので、ファイルを以下に添付しました。なお、この記事は出版元からの転載 の許可を得ています。
ご一読してくださり、皆様に参考にしていただければ幸いです。

令和2年1月11日
大嶋建一

・光1秒の距離の歩み.pdf

寄稿:佐々木建昭先生より

まずは自己紹介から。私・佐々木建昭は、昭和21年4月1日生の73歳。
 1991年4月に理化学研究所・情報科学研究室から本学・数学系に赴任
 して参りました。人事選考における『本学における教育方針』を書く欄に
 要約すれば「文武両道を貫く」と書いて、その言葉どおり、陸上同好会の
 顧問に就任し、毎年、つくばマラソンで学生や院生、ときには教員たちと
 ボウズを賭けてマラソン勝負をしてきました。それは、現役教員であった
 ときのみならず、定年後も続けてきました(本年は勝負してくれる学生が
 いなくてボウズ頭が途切れました)。
 そんな野蛮でヤクザな私が本文を書くのは、つくばマラソンの約2週間後
 に自然学系裏のループ道路をコーヒーカップを手に散歩している時、大島
 会長と旧知の新井達郎さんに出会い、「名誉教授の会・ホームページへの
 寄稿依頼の手紙を読んだか?」と問われ、「そう言えば手紙がきてたけど
 多忙で封を切ってない」と言ったが、「佐々木さんならいくらでも書ける
 だろう」と、ウムを言う間もなく押し付けられたからです。

 そこで、如何に手を抜くかを考えました:そうだ、マラソンレポートなら
 いくつもあるから、日々、肉体の衰えを実感されてるお年寄りを元気づけ、
 健康維持に寄与しそうなレポートをまとめて添付文書とし、簡単な前文を
 つけてお茶を濁そう、と。添付文書は以下の三つです。
 添付 A) 昨年10月に実行した『伊能忠敬を偲ぶ利根川リレーマラソン』。
     因みに伊能忠敬は『中高年の星』とか『2度の人生を生きた人』
     と言われ、正にわれわれ研究者の鑑ともいうべき偉人です。
 添付 B) 上記マラソンに始まる不運の連鎖を書いた自嘲文『あのジーサン、
     あたまオカシイんちゃうか?』。面白いこと受け合いです。
 添付 C) 本年11月に行われた『つくばマラソン報告記』。上記の不運の
     連鎖でヘルメットなしでは練習もできなかった古希老人が、絶対
     に無理なはずの復活練習に挑戦し『為せば成る』を実践しました。 

 三つを読み通すと、元気がでてくること受け合いだと思います。

 令和元年12月24日                 佐々木 建昭